ストレスチェック制度の運用ポイント――人事が押さえるべき視点を解説!

◆ はじめに:義務化から10年、次のフェーズへ

2015年に義務化された「ストレスチェック制度」は、今年で施行10年を迎えます。
当初は「法律で決まっているから仕方なく実施する」という企業も多かったものの、今ではメンタルヘルス対策の中核的制度として定着しました。

しかし、現場では「実施はしているが、形骸化している」「活用方法がわからない」という声も少なくありません。
また、2025年以降は制度の見直しが進み、2028年度までに従業員50人未満の事業場にも実施義務が拡大する見通しとなっています。

本コラムでは、ストレスチェック制度の目的、運用のポイント、そして今後の法改正動向を含めて解説します。


◆ 制度の目的と背景

ストレスチェック制度は、労働安全衛生法第66条の10に基づき創設されました。
背景には、過労や人間関係によるメンタル不調・自殺者の増加があり、職場のストレスを「見える化」して未然防止することが目的です。

その目的は大きく3つに整理されます。

  1. 労働者本人のストレス状況を早期に把握すること
  2. メンタル不調の一次予防(発症前に防ぐ)
  3. 職場環境の改善を通じた健康経営の推進

制度の本質は、単に“高ストレス者を見つける”ことではなく、組織全体のストレス要因を把握し改善につなげることにあります。


◆ ストレスチェック制度の基本構造

現在、常時50人以上の労働者を使用する事業場に年1回以上の実施が義務づけられています。
50人未満の事業場では努力義務にとどまりますが、後述の通り今後義務化が予定されています。

実施手順は以下の通りです。

  1. 労働者が質問票に回答(職業性ストレス簡易調査票など)
  2. 高ストレス者の判定(医師が基準を設定)
  3. 本人への通知・希望者への医師面接指導
  4. 集団分析による職場環境の把握
  5. 衛生委員会での審議・改善施策の立案

この流れを継続することで、「個人対応」と「組織改善」の両面からメンタル不調を予防します。


◆ 質問票の構成とエビデンス

厚生労働省が推奨する「職業性ストレス簡易調査票(57項目版)」は、科学的に検証された質問紙であり、国際的にもエビデンスレベルAの信頼性があるツールです。

構成は以下の3領域に分かれています。

  • 仕事のストレス要因(仕事量・コントロール度・人間関係など)
  • 心身のストレス反応(疲労感、不安、抑うつなど)
  • 周囲のサポート(上司・同僚・家族からの支援)

この結果から「高ストレス者」を抽出し、本人が希望すれば産業医面談へ進みます。


◆ 面接指導と就業上の措置

高ストレス者かつ面談希望者への医師面接指導は、事業者の実施義務です。
面談では、生活リズム、睡眠、業務量、人間関係などを総合的に評価し、必要に応じて以下の就業上措置を提案します。

  • 勤務時間の調整や残業制限
  • 配置転換、在宅勤務の検討
  • 一時的な休職勧奨

産業医の意見は「法的意見書」として扱われ、安全配慮義務(労契法第5条)を果たす上で重要な意味を持ちます。


◆ 職場環境改善(集団分析)の重要性

ストレスチェックの真価は、個人ではなく組織単位での集団分析にあります。

匿名化された結果を部署ごとに集計することで、

  • 残業時間が長い部署
  • 上司とのコミュニケーションが不足しているチーム
  • 裁量が少なくストレスが高い職場

といった特徴が「数値」で明らかになります。

衛生委員会でこの結果を共有し、産業医が巡視やヒアリングを通じて改善提案を行うことで、職場環境の改善サイクルが回り始めます。


◆ よくある形骸化のパターン

制度導入から時間が経つと、次のような形で形骸化しがちです。

  • 実施だけして分析やフィードバックをしていない
  • 高ストレス者への面談勧奨が形だけになっている
  • 集団分析の結果を衛生委員会で活かしていない
  • 守秘義務への理解不足により従業員の信頼を失っている

ストレスチェックを「職場改善のツール」として活用するためには、実施後のPDCA(実行→分析→改善→再評価)を回す仕組みづくりが欠かせません。


◆ 法的リスクと人事の責務

ストレスチェック制度を怠った場合、労働安全衛生法違反として50万円以下の罰金が科される可能性があります。
また、高ストレス者への対応を怠り、メンタル疾患が重症化した場合には、安全配慮義務違反として企業責任が問われるケースもあります。

したがって、人事部門は以下の3点を明確に運用記録として残す必要があります。

  1. 実施・集団分析・面談結果の管理フロー
  2. 産業医意見の記録と実施状況
  3. 衛生委員会での報告・議事録保存(3年以上)

これらの記録が、後の監査・労災対応・訴訟防止に役立ちます。


◆ 今後の方向性:50名未満の事業場にも義務化へ

厚生労働省は2024年〜2025年度にかけて、ストレスチェック制度の対象拡大(見直し)を進めています。
これまで努力義務にとどまっていた「常時50名未満の事業場」においても、段階的に義務化される方向で検討が進んでいます。

背景には、

  • 中小企業でのメンタル不調者の増加
  • 離職・労災認定の増加傾向
  • 地域格差の是正(大企業との制度格差の解消)
    があります。

中小企業においては、外部機関(地域産業保健センターや嘱託産業医)との連携が今後ますます重要になります。
早めに実施体制を整え、委託契約やデータ管理体制を準備しておくことが推奨されます。


◆ まとめ:制度を“義務”から“戦略”へ

ストレスチェック制度は、単なる法令遵守の仕組みではなく、職場の健康リスクを見える化するマネジメントツールです。
人事部門は次の3つの観点で運用を見直しましょう。

  1. 個人対応と職場改善の両輪で運用する
  2. 守秘義務を徹底し、従業員の信頼を得る
  3. 中小企業への義務化に備え、今から運用体制を整備する

制度を「年1回のイベント」で終わらせず、
「従業員の健康と組織の活力を高める投資」として位置づけることが、これからの人事戦略に求められます。


参考文献・出典:

  • 厚生労働省「ストレスチェック制度導入マニュアル(第2版)」
  • 厚生労働省「労働安全衛生法」第66条の10〜13
  • 厚生労働省「職業性ストレス簡易調査票」
  • 日本産業衛生学会・産業医科大学 研究班報告(2024年改訂版)

投稿者プロフィール

石川 達郎
石川 達郎
しながわ産業医オフィス 代表産業医
産業医としてこれまでに延べ3,000名以上の従業員の健康管理に携わる。
<保有資格>
泌尿器科学会認定専門医・指導医
テストステロン治療認定医