【産業医コラム】「うつ病」と「男性更年期障害」—よく似た2つの病気の見分け方

40〜60代の中高年男性社員から「やる気が出ない」「眠れない」「憂うつだ」といった訴えがあると、多くの方が「うつ病などの精神疾患では?」と考えるのではないでしょうか。

もちろん産業医としては、そのような社員が業務に支障をきたしている場合、早めにご相談いただきたいのですが、もう一つ見落とされがちな疾患として「男性更年期障害(LOH症候群)」があることも知っておいていただけると幸いです。

両者は症状が似ており、本人も周囲も判断に迷うことが多いですが、原因や治療方針はまったく異なるため、初期対応を誤ると改善が遅れることがあります。


■ 原因の違い

うつ病は、セロトニンなどの脳内の神経伝達物質の働きが乱れることや、強いストレス、性格傾向などが原因となる精神疾患です。

一方、男性更年期障害は、加齢などによるテストステロン(男性ホルモン)低下が主な原因。進行が緩やかなため、本人も気づきにくい特徴があります。


■ 症状の違い

どちらも「気力が出ない」「集中力が続かない」といったメンタル不調がありますが、男性更年期では性欲の低下、発汗やのぼせ、イライラなどが特に目立ちます。


■ 診断方法の違い

  • うつ病:精神科や心療内科を受診し、主に問診をもとに診断
  • 男性更年期障害:泌尿器科を受診し、問診とテストステロン値の血液検査をもとに診断

男性更年期障害は、「テストステロン値」という定量的な指標があることが特徴です。

一方で、うつ病はそのような定量的に測定可能な血液検査項目がありません。


■ 治療の違い

  • うつ病:抗うつ薬、カウンセリングなど
  • 男性更年期障害:テストステロン補充療法(TRT)、生活習慣改善など

男性更年期障害を、うつ病と誤って扱うと適切な治療機会を逃すおそれがあります。


■ 両者が併発することも

テストステロン低下によって意欲が失われた結果、うつ病という診断になるケースもあります。

逆に、うつ病に男性ホルモン変動が重なることもあり、メンタルクリニックと泌尿器科の両面からの評価が重要です


■ 人事ができる配慮

  • 明らかなに仕事への影響が出ている場合は年齢のせいと決めつけず、医療機関への受診を勧める
  • 両疾患について、基本的な理解を持つ
  • 必要に応じて、産業医面談やストレスチェック後のフォローアップ面談を行う


■ まとめ

両者の違いを表にまとめます。

項目うつ病男性更年期障害(LOH症候群)
主な原因セロトニンなど神経伝達物質の機能障害、強いストレス、性格傾向などテストステロン(男性ホルモン)の加齢による低下
進行の特徴ストレス要因で急激に症状が悪化する場合も多い徐々に進行し、本人が気づきにくいことが多い
主な症状気分の落ち込み、興味・喜びの喪失、意欲低下、罪悪感、睡眠・食欲の異常など気力低下、性欲減退、発汗・のぼせ、イライラ、集中力低下、身体のだるさなど
診断方法問診と心理検査(DSM-5など)を用いて精神科や心療内科で診断問診+血液検査(テストステロン値)を用い、泌尿器科で診断
数値での判断血液検査などで明確な診断指標はないテストステロン値という定量的指標が存在
主な治療法抗うつ薬、カウンセリングなどテストステロン補充療法(TRT)、生活習慣改善(食事・運動・睡眠)など

うつ病と男性更年期障害は、一部似ている部分があっても疾患の概念としては別物です。
原因、治療法ともに異なり、対応を誤ると回復が遅れてしまいます。

また、両者が併発することもあり、治療中でも改善が乏しい場合はもう片方の疾患を疑って専門科への受診が必要となります。

特に40〜60代の働き盛りの男性社員に対しては、「男性ホルモンの問題もあるかもしれない」という視点を持って接することが、職場全体の生産性や活力の維持に直結します。

社員の「見えにくい不調」を見逃さないこと。これが、健康的な職場づくりの第一歩となります。

投稿者プロフィール

石川 達郎
石川 達郎
しながわ産業医オフィス 代表産業医
産業医としてこれまでに延べ3,000名以上の従業員の健康管理に携わる。
<保有資格>
泌尿器科学会認定専門医・指導医
テストステロン治療認定医